
「SAP専用ってことは、普通のSQLは使えないの?」
プログラミングの世界、特に企業のデータを扱うシステム開発に足を踏み入れると、必ず**「SQL(エスキューエル)」**という言葉に出会います。
SQLは、データベースという「巨大なデータの保管庫」から、必要な情報を取り出したり、新しい情報を書き込んだりするための、世界共通の「命令言語」です。
しかし、SAPという巨大な経営システムの世界には、この標準SQLとは少し違う、**「Open SQL(オープン・エスキューエル)」**という、独自のSQLが存在します。
この記事では、そんな疑問を持つIT初心者や、これからSAPの世界に触れる方のために、わかりやすく解説していきます。
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Open SQLの正体と、その存在理由
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標準SQLとの具体的な違いと、Open SQLのメリット
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ABAPプログラムの中でのOpen SQLの使い方
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なぜSAPエンジニアにとってOpen SQLの理解が重要なのか
Open SQLを理解する大前提:SAPとデータベースの関係
Open SQLを理解するには、まずSAPシステムがどのようにデータを管理しているかを知る必要があります。
SAPは、会計情報、販売情報、在庫情報、人事情報など、企業の経営に関わる膨大なデータを**「データベース」に保存しています。このデータベースは、SAPシステムとは別のソフトウェア(例:Oracle Database, Microsoft SQL Server, IBM Db2など)であることが多いです。最近では、SAP自身が開発した超高速データベース「SAP HANA」**が主流になっています。
ここで問題が生まれます。
データベースの種類(Oracle, SQL Server, HANAなど)によって、標準SQLの**「方言」**が微妙に存在するのです。基本的な命令は同じでも、特定の機能を実現するための書き方が、データベースごとに少しずつ異なる場合があります。
もし、SAPのプログラムを、特定のデータベース(例えばOracle)の「方言」だけで書いてしまうと、そのプログラムはOracleの上でしか動かなくなってしまいます。将来、データベースをHANAに乗り換えようとしたときに、すべてのプログラムを書き直さなければならなくなります。これは、莫大なコストと時間がかかる、悪夢のような事態です。
Open SQLの正体:「データベースの種類を吸収する、翻訳機」
そこで登場するのが**「Open SQL」**です。
Open SQLとは、ABAPプログラムの中で使われる、データベースの種類(ベンダー)に依存しない、統一されたSQL構文のことです。
プログラマーがOpen SQLで「このデータをください」と命令を書くと、SAPの内部にある**「データベースインターフェース」という優秀な翻訳機が、その命令を、接続されているデータベース(Oracle, HANAなど)が理解できる「ネイティブSQL(そのデータベース固有のSQL)」**に自動で翻訳して、実行してくれます。
【Open SQLの仕組み】
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プログラマー(ABAPer):
ABAPプログラム内で、Open SQLを使って「データを取得せよ」と記述する。(どのデータベースかは意識しない) -
SAPシステム(データベースインターフェース):
「お、この命令だな。今繋がっているデータベースはHANAだから、HANAがわかる言葉に翻訳してやろう」
→ Open SQLの命令を、HANA用のネイティブSQLに自動変換する。 -
データベース(SAP HANA):
翻訳されたネイティブSQLを受け取り、データを処理して、結果をSAPシステムに返す。
この仕組みのおかげで、ABAPプログラマーは**「今、裏側でどのデータベースが動いているか」を一切気にすることなく**、ただ一つの統一されたOpen SQLの書き方さえ覚えておけば、どんなデータベースに対しても命令が出せるのです。
Open SQLと標準SQLの具体的な違い
Open SQLは、標準SQLと非常によく似ていますが、ABAPプログラマーにとって便利な、いくつかのユニークな特徴があります。
1. 構文がABAP言語に統合されている
標準SQLは、それ自体が一つの独立した言語です。
一方、Open SQLは、ABAPというプログラミング言語の一部として、シームレスに記述できるように設計されています。
【例:得意先マスタ(KNA1)から、得意先コードと名称を取得する】
Generated abap
" Open SQLの例
" SELECT命令が、ABAPの構文の中に自然に溶け込んでいる。
SELECT kunnr, name1
FROM kna1
INTO TABLE @DATA(lt_kna1)
UP TO 10 ROWS. " 先頭から10件だけ取得
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SELECT … FROM …という基本的な形はSQLと同じ。
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取得したデータは、INTO TABLE @DATA(lt_kna1)というABAPの命令で、lt_kna1という内部テーブル(プログラム内で使う一時的な表)に直接格納される。
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UP TO 10 ROWS.のように、ABAP独自の便利な付加命令がある。
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文の終わりは、ABAPのルールに従ってピリオド(.)で閉じる。
2. バッファリング機能による高速化
SAPは、よく使われるデータを、わざわざデータベースまで取りに行かなくても済むように、アプリケーションサーバーのメモリ上に一時的に保持しておく**「バッファリング」**という仕組みを持っています。
プログラマーがOpen SQLでデータ取得の命令を出すと、SAPシステムはまず**「そのデータ、バッファにないかな?」**と探しに行きます。もしバッファにあれば、データベースにアクセスすることなく、超高速でデータを返すことができます。
3. クライアント依存の自動処理
SAPには「クライアント」という、一つのシステムを論理的に分割して、複数の会社や部門が共同で利用するための概念があります。例えば、同じSAPシステムの中に「A社用クライアント」「B社用クライアント」を作ることができます。
通常、データを取得する際は、「どのクライアントのデータか」をSQL文で明示的に指定(WHERE CLIENT = ‘100’のように)する必要があります。
しかし、Open SQLでは、プログラマーがログインしているクライアントのデータを自動的に取得してくれます。WHERE句でクライアントを指定し忘れて、他の会社のデータを誤って見てしまう、といったミスを防ぐ、安全な仕組みが組み込まれています。
ネイティブSQLの存在
ちなみに、Open SQLが翻訳してくれるなら、直接ネイティブSQLを書くことはできないのでしょうか?
答えは「できます」。ABAPには、EXEC SQL.という命令を使って、特定のデータベース固有のネイティブSQLを直接実行する方法も用意されています。
しかし、これは原則として使いません。 なぜなら、ネイティブSQLを使うと、そのプログラムはそのデータベースの上でしか動かなくなり、Open SQLの最大のメリットである「データベース非依存」という利点を自ら捨ててしまうことになるからです。
なぜSAPエンジニアにとってOpen SQLは重要か?
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日々の業務で必ず使う:ABAPerの仕事は、データベースからデータを読み書きすることがほとんどです。そのため、Open SQLは呼吸をするのと同じくらい、当たり前に使う必須のスキルです。
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パフォーマンスの鍵を握る:Open SQLの書き方一つで、プログラムの性能は天と地ほど変わります。非効率な書き方をすれば、システム全体を遅くしてしまう原因にもなりかねません。どのテーブルを、どの順番で、どの項目をキーにして結合(JOIN)するか、といった知識は、優れたABAPerになるための必須条件です。
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トラブルシューティングの基本:「なんだかこの処理がすごく遅い」といった問題が発生した際、その原因が非効率なOpen SQLにあることは非常に多いです。SQLの実行計画を分析し、パフォーマンスを改善(チューニング)するスキルは、市場価値の高いABAPerの証です。
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まとめ
Open SQLは、一見すると標準SQLとよく似た、地味な存在に見えるかもしれません。しかし、その裏側には、SAPという巨大システムを、様々な環境で安定して、かつ高速に動かすための、非常に洗練された思想と仕組みが隠されています。
データベースの違いを吸収する「翻訳機」であり、ABAP言語とシームレスに統合され、パフォーマンスと安全性を高める工夫が凝らされている。
これが、Open SQLの正体です。
SAPの世界で活躍するエンジニアにとって、Open SQLを深く理解し、使いこなすことは、単なるプログラミング技術以上の価値を持ちます。それは、企業の生命線である「データ」を、最も効率的かつ安全に扱うための、プロフェッショナルとしての「作法」そのものなのです。
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